2009年7月12日 (日)

「当たり前」であることの幸せと感謝

 地元に戻ってきて、2日経つ。

 昨日は、四国でお世話になった方々へのお礼状を書こうと思っていたものの、朝からひたすら寝ていた。疲れからなのか?安心感からなのか?

 衣類の洗濯はしたものの、料理を作る気力は湧かず、お茶漬けで夕食も済まし、早々に休んだ。

 今日は、なんとなくやる気もあり、午後からお手紙作りに入るつもり。朝食は手抜きして菓子パンを買ってきてしまったが、夕食はしっかり自炊するつもり。

 身体の疲れはない。疲れがあるとしたら、精神面だろう。ただ、昨日、久しぶりに「ぐうたら」したことで、だいぶ疲れも取れたみたいだ。

 つい1ヵ月前までは、こういうことは、ただの「ぐうたら」に過ぎなかっただろうけれど。

 四国滞在最後の夜に宿泊した、民宿の女将さんとの会話。最近は、お四国参りをしてくる人々の意識が変わっているそうだ。

十「いやあ、こんなにおいしい食事をいただいていいんですかね?私は、しっかり眠れるだけでも充分満足なのですが・・・。」

女「そういってもらえる人って、今は珍しいのよ。昔とはお遍路さんの『気質』が変わっているみたいでね。道中、いったいどんなところに宿泊しているんだろう、って思っちゃうくらいよ(笑)。」

十「それって、不満とかが出るとか?」

女「そうですよ。うちとかでも、苦情が出ることあるもんね。うちレベルでだめなら、普通の古き良き『おじいさん・おばあさんがやっている民宿』なんて、今のお遍路さんはとてもじゃないけれど、泊まれないんじゃない?」

十「でも、そういう民宿であえて不便な生活を体験することも、お四国参りの醍醐味じゃないですかね?」

女「そうだと思うけれどね。今はそうじゃないみたい。それに、やっぱり民宿って、儲からないからね。苦労の割に、実入りが少ないから、跡継ぎも出なくってね。ここいらあたりでも、だいぶ民宿がなくなったですよ。」

十「お遍路の公式ガイドブック(空海の史跡を尋ねて 四国遍路ひとり歩き同行二人 [地図編] へんろみち保存協力会 編)にも書いてあったんですが、オンシーズンには『相部屋希望で宿を取りましょう』とも書いてありましたよね。相部屋希望の宿泊とか、実際あるんですか?」

女「順打ち(1番札所から88番札所に向かって巡礼することをいう。徳島県⇒高知県⇒愛媛県⇒香川県の順。私は、今回、逆に廻った。これを逆打ちと呼ぶ)での、徳島県内の民宿では、相部屋宿泊をした人の話は聞きますけれどね。高知県から先では、もう、今は相部屋はしないみたいです。というか、できないみたいね。5年くらい前あたりからかな。うちも、そんなに部屋があるわけじゃないから、広い部屋に泊まっていただくお客さんには、『もし、相部屋希望の方がいらっしゃったときは、相部屋でもかまいませんか?』って聞くんですよ。昔は、そんなにいやな顔をされたことはなかったんですけれどね。今は、露骨にいやそうな顔をされる方もいるし。」

十「たとえば、もう満室で『相部屋になりますけれども』と伝えたら、どうですか?」

女「今は、ほぼ100%来ませんね。『個室はないんですか?』と再度聞いてきます。で、『ないんですよ』というと『じゃあ、他を探します』、と。でも、3月~5月とか9月~11月の、いわゆる『オンシーズン』になると、どうしたってお遍路さんの数の方が、宿泊施設の数を上回るんですよ。それで、相部屋がだめとなると、どうやって宿泊の場所を確保するんでしょうね(笑)?」

十「車中泊とか(笑)?」

女「ああ、でかい車で寝ちゃうとか、ね(大笑)。」

 ちなみに、その日の民宿は、「冷暖房完備。6畳和室でふかふかのふとんあり。ユニットバスとトイレは共同で先に着いた宿泊客に優先権あり。食事は夕食のみ。洗濯機と乾燥機はコイン式だが、洗濯洗剤は無料。」

 これで、税込5800円。これ以上、何を望むか?

 逆にいえば、このレベルで不満をいうお遍路さんは、いったい、どういう宿なら満足するのだろうか?案外、すべてが自分の自由になるという意味では「野宿」がいいのかな?

 昨日、朝から昼過ぎまで、自宅のソファーベッドで、身体を横にしながら、思った。

 雨に濡れず、身体を休める場所がある。実は、そういう場所があることが、人間にとって一番安心できて、幸せを感じられることではないのか、と。

 人間の根源的生命的欲求として、「睡眠欲」「食欲」「性欲」、の3つがよく挙げられる(間違っていたら、ご指摘下さい)。これらの欲求のうち「どれが一番重要か」ということは、100人いれば100人、バラバラだろう。

 私は、迷わず「睡眠欲」である。今回のお四国参りでも、宿だけは確実に確保するようにしていた。

 雨風に打たれることなく、暖かいふとんで身体も精神もしっかり休めることができれば、身体的な疲れは、ある程度取れる。そこに「入浴」という要素が入れば、身体の清潔も保て、汗も落とせる。明日への切り替えも、それなりにできる。

 そこをクリアできれば、食欲は、ある程度耐えることができる気がする。

 私の場合は、次の札所に行くことに気持ちが行ってしまい、昼間は「食べる」ということを忘れてしまっていた。そういう日々が続くに従って、1日1食でも歩ける身体に変わっていったような気がする(ただ、体調維持のために、朝食か夕食は必ずある程度の栄養のバランスを考えて、しっかりと食べていましたよ)。

 性欲は、起きるはずがない。順打ちであれば、巡礼の途中で同じ方向を歩くお遍路さんに会う可能性もある。しかし、逆打ちは、すれ違うことはあっても、同じ方向に向かって歩くお遍路さんにあることはめったにない。今回は、1度もなかった。まして、女性が1人で歩いて、お四国巡礼をしている姿は、それだけで珍しい。

 そうなってくると、残るのは「睡眠欲」。これだけは、基本的な体調維持のためには不可欠である。特に、私は眠りのリズムが崩れると、すべてのリズムが崩れる。

 お四国参りは、私にとって「非日常の空間」である。非日常の空間で、身体的・精神的な健康を維持するためには、まず「よく眠る」ことが重要だと感じた。

 「非日常の空間」では、私たちがいる「日常の空間」の常識は捨てなければいけない。日常の空間で享受している「当たり前のことやもの」が、非日常の空間にはほとんどない。非日常の空間で、私たちが目にし、体験することに対して、あれこれいっても変わるわけではない。

 一万回、苦情や文句を言って、変わるものなら、お四国参りは、もっと快適なものに変わっているだろう。ただ、その分、お四国参りの「本質」も変わってしまっているだろうが。

 非日常の空間にあっても、私たちはその環境に順応しなければならないし、いつの間にか、順応している。そうでなければ、少なくとも「通し打ち(四国八十八か所札所巡礼を、1回ですべて廻り終えること)」を叶えることはできないだろう。

 そして、非日常の空間から、日常の空間に戻ってくると、いかに私たちが「当たり前に過ごしている空間に対する感謝の念」を欠いていたか、ということを痛感する。

 そのことに改めて、幸せを感じ、感謝の念を持って、生活していくことが、お四国参りから戻ってきて、最初に感じたことだ。

 雨風をしのげる場所でぐっすりと休むことができる。水道の蛇口をひねれば、冷たい水が出てきて飲める。スイッチをひねれば、電気が通り、様々な機械を操ることができる。

 普段「当たり前だよ」と思っていたことが、実は「とても貴重なことだ」ということに気づかされる。そして、その「当たり前」な諸現象に対して、感謝の念を持ち、無駄使いをしないように配慮をする。

 そういうことを感じることができたことが、実は「お四国参り」に出た後の、私自身の変化につながっているのかもしれない。

 人間は「当たり前」にできることを当然と感じてしまいがちだ。私もそうだ。しかし、今一度、なぜそういう環境の下で生活ができるのか、を振り返る機会を設けてみるといいのかもしれない。

 いかに「当たり前」ということが、幸せなことで、大いなる感謝に値することなのか、を理解できそうな気がするのだ・・・。

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2009年7月10日 (金)

「ハレ」から「ケ」に戻る・・・

 久しぶりに、携帯電話からではなく、パソコンから書き込む。

 今朝の大阪は、晴れてはいた。しかし、雲の流れが急激で、黒い雲も白い雲もごたまぜで山の方に動いていた。

 「これ、高野山に行ったら、絶対に雨だな・・・。」

 結局、奥の院へのお詣りは、しばらく時間をおいてからにすることにして、なんばから新大阪へ。そのまま、新幹線に乗り、昼過ぎには自宅に戻った。

 お四国は、私にとっては「ハレ」の場だったと思う。「ハレ」とは「晴れ」ともつながるらしい。いわば、よそゆきの場であり、「非日常」の舞台でもあろう。

 言われてみれば、あの暑い四国の土地を、たった300キロ足らずとはいえ、歩いていたという経験は、間違いなく「非日常」。歩いている時も含め、巡礼の最中は「もう、前に進むしかないんだ」という思い以外は、想像できなかった。札所近くの目印ポイントにたどり着けば「もうちょい、もうちょい」と自分を励まし、ルートを間違えれば「これ、大丈夫かな?」と不安になる。

 とにかく「次の札所(あるいはその日の宿)まで、どうやってたどり着くか?」ということしか、頭には浮かばなかった。

 宿に着けば着いたで、やらなければならないことは多かった。衣類の洗濯、夕食、次の日のコース取りとそれに基づいての宿の確保・・・。

 幸か不幸か、私がお四国参りをしていた時期はオフシーズンだったため、宿は最悪その日の昼までに連絡すれば、確保できた。その分、コース取りや衣類の乾燥などに集中することができた。

 レンタカーを借りたはいいが、自損事故を起こし、約10万円の出費を強いられた時には、想像以上の精神的なダメージが残った。

 それもこれも、お四国を詣でているという「非日常」の空間、いわば「ハレの場」での様々な経験だった。そこに、地元で生活している時に起きる心情は、まったく沸き上がらない。今までの「ケの場」で培ってきた力というものは、まったく無力ではないが、あまり参考にはならなかった。

 そういう意味では、お四国参りの最中に経験したことや、そこから得た考えは、今後始まる「日常生活」に、なんらかの力になることは間違いないんだろうなあ、と漠然と考えている。

 実は、7月6日(20日目)あたりに、私の中では「通し打ち(四国八十八か所札所巡礼を1回ですべて詣でること)」の目処は立っていた。

 前日、徳島県に住む先輩の車のお接待によって、徳島県内の「遍路ころがし(歩きで詣でる時、遭遇する山道などのきつい箇所)」と言われる、太龍寺(21番札所)・鶴林寺(20番札所)・焼山寺(12番札所)の3つの札所を打つことができ、なおかつ、7月4日に最御崎寺(24番札所、私にとっての高知県最後の札所)から薬王寺(23番札所、徳島県最初の札所)までを乗り切ったことが、大きな要素だったと思う。

 その日あたりから、地元に戻ってからの過ごし方を考えるようになった。それまでは、夢を見ることもなく、夜は泥のように眠っていたのだが。その日あたりから、夢も見るようになった。

 

 こうして、今日、自宅に戻ってくることも、それほど違和感も感じなかった。お四国参りをすることで、身体的・精神的になんらかの変化があったとしても、いずれは「自分にとっての新しい日常」に戻る日が来る。

 「ハレ」から「ケ」へ。

 お四国参りが「夢の世界」だったとして、四国に魅力を感じ、そこに住もうと思ったとしても、そこで生活するとなれば、それは「現実の世界」に変わる。そうなれば、四国は私にとって「新しいケの場」になるのだ。

 そのための移行の手続きは、しっかりしなければならない。それができなければ、いつまでもお四国参りをし続けることになるだろう・・・。

 今、私は「ケの場」に戻ってきた。お四国参りをする前の日常生活に、すぐに戻るわけではないが、四国各地でお世話になった方々へのご挨拶やら、自宅にいない間に来ていたこまごまとした作業をしながら、徐々に「新しいケの場」を作る努力をしなければならない。

 それが、無事に戻ってきた者の新しい勤めではないのだろうか、と私は思う。

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2009年7月 9日 (木)

お四国 23日目

お四国 23日目

 ともに歩いてきた金剛杖の先。5cmほどしか短くなってはいませんが。先のほつれ方が、かなり珍しいようです。

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お四国 23日目

 予定なら、明日は高野山奥の院にお詣りをするつもりだ。ただ、四国以上に関西は蒸し暑い。そして、明らかに天候はよくない。

 慌ててお詣りする気はあまりないし、できれば高野山奥の院はゆっくりお詣りしたい。

 なので、明日の朝。空を見て、高野山奥の院に行くか、地元に帰るか、決めようと思う。

 とにもかくにも、今日の朝。最後の札所である大窪寺(88番札所)に無事お詣りをすることができた。

 四国八十八ヶ所札所巡礼。完遂。専門用語で言えば「通し打ちでの結願」。

 自分の足で歩いたのは、ほとんどない。どんなに多く見積もっても300キロくらいしかない。650キロはレンタカー。残りの250キロは公共交通機関。その意味では、当初に考えていた「歩きでのお四国参り」はできなかった。

 ただ、梅雨真っ盛りのこの時期にお四国を回ることは、四国四県の方々には奇異に映ったようだ。行く先々で皆さんにこう言われた。

「使えるものはみんな使いなよ。体も、頭も、金も、人も。体をこわしたら、何にもならんから。」

 地元の方々は、無事にお詣りすることが第一と考えているみたいだ。

 歩けるのならそれに越したことはないが、歩けない人・歩けない時には、それぞれのやり方でお詣りできれば、それでいい。

 四国の方々は、概してそう考えているように思えた。

 23日間の間に、お会いしたお四国参り中の方々を振り返ると、「自分がどこをどのように歩いてきたのか」ということを話す方はいても、「どこのお寺が印象深かった」ということを話す方は、自分の道中ですれ違った方にはいなかった。

 そういう意味では、私はかなり異質なお四国参りのタイプ?笑

 とにかく「歩き通すこと」にこだわる方が多かったことが印象深い。

 なんばの宿に着いて、この文章を書き終えたら、私はすぐに寝てしまうだろう。今までは、次の日の巡礼に向けての準備のためだったが、今日は違う。

 精神的な疲れが出て、あくびが止まらないのだ。肉体的な疲れは、体が徐々に順応してくれたが、精神的疲労は、毎日等しく、変わらず、続いている。

 そういうことも考えて、高野山奥の院は、気候のよいときに、そしてしばらく「俗な生活」に戻った後に、お詣りしてもいいのかな、と思っている。

 とにかく、明日。その場で判断したいと思う。

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2009年7月 6日 (月)

お四国 20日目

お四国 20日目

 第19番札所立江寺の近くから見た風景。なんかホッとなりました。

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お四国 20日目

 明日でお四国参りを初めて21日。ちょうど3週間となる。

 どうやら、結願(八十八ヶ所のすべての札所にお詣りすること)が今週の後半にできそうだ。

 そう。物理的というか具体的というか。まあ、ゴールが近くなってきた、ということだ。

 明日からは11番札所から1番札所に向けて歩く。香川県内でまだ回っていない87番札所と88番札所をどう回るかは考えていないが、1番札所を打ち終えてしまえば、残りは2カ所。

 しかも、11番から1番までは、平野に位置しているため、2日で回りきれる。

 結願に近くなると、何かしらの高揚感でも出てくるのか、と最初のころは思っていた。だが、ゴールが確実に見え始めた今。

 特に変わりはない。

 確実に変わったと思えることは、身体面の変化だけだ。体重は11キロ落ちたし、見事な朝型人間になった。そして、下半身の形は変わった。自分でも「案外、歩けてしまうなあ」と思えるほど、足まわりは強くなっている。腹部の脂肪もきれいになくなった。

 しかし、身体面の変化は、ある程度予想できる。問題は、精神面の変化があるかないか。

 今のところ、根本的な部分は何も変わっていないような気がしている。

 もちろん、他者への感謝の念が強くなったり、いろんな問題に対しての対処能力がついたり。そういう面は経験値がついたかな、と思うが…。

 自分の芯を揺さぶるような劇的な変化、ということは、まだかな?

 恐らく、今週の木曜日あたりには結願するだろう。

 残りわずかなお四国に、私の根本を揺さぶるような「何か」は、果たして起こるのだろうか…?

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2009年7月 3日 (金)

お四国 17日目

お四国 17日目

 お寺の宿坊というには、あまりに豪華な作りの26番札所金剛頂寺の宿坊。明日の朝は、ご住職によるお勤めがあります。

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お四国 17日目

 海抜20mから360mの高さを3.5kmの間に登り、お詣りののち、下りる。

 これを1時間40分で往復。お世話になった宿の女将さんは呆れた口調でおっしゃる。

 「いくら若いからって、2時間以内で戻ってくるなんて、早いわねぇ。」

 高知県の奈半利駅から室戸市の吉良川町口の休憩所まで。約10km。正味2時間30分ほどで歩く。背中にはリュックを背負っている。

 足を休ませている時に、ペットボトルのお茶をお接待いただいた方はおっしゃる。

 「これかついで!奈半利の役場からこの時間で!おはんの足はおかしいで!あ、いい意味でよ(笑)。」

 今日は本格的な雨降りの中、23km強。しかも、山登り2回、山下り1回。歩き切った。

「物はこわれます。だけれど直せます。」

「お金はなくなります。しかし、過剰なお金を持っていても、それはあまり意味を成さない。」

「命は壊れたら、容易には治らない。」

「こうしてお詣りができていることが大切なことで、車の自損事故はあなたが慎重な運転をしていたからこそ起きたこと。それを素直に会社に伝えたことが重要なのです。」

 27番札所神峯寺のご住職よりいただいたお言葉。

 このお言葉が、私を前に突き動かす力を与えてくれたのだと思う。

 金剛頂寺に着いた時、雨は本降りになっていた。それでも、宿坊にお世話になることが決まっていた私には、大したことはなかった。

 濡れきったお札はドライヤーで乾かす。

 この巡礼の旅の間に、いろいろと知恵が回るようになってきた気がする…。

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2009年7月 2日 (木)

お四国 16日目

 朝、起きると、体がだるかった。熱を測ってみたら37.1度。恐る恐る女将さんに話をしてみたら、一日ゆっくりしていきなさい、とのこと。

 3日目以来の休養日。

 ただ、あの日と違い、初めて「お四国参りをやめたいな」という気持ちが沸き上がった。

 朝はいつも不安になる。歩けるのか?天候は?お金は確実に減っていく。

 知らず知らずのうちに精神的な疲労がたまっていたのかも?

 肉体的につらいと思ったことはあった。でも、それらはケアをすれば、翌朝には治っている。

 精神的なつらさは自分自身ではどうにもならない。自分で選んだお四国参りだけに、身内に愚痴るわけにもいかない。

 そんな時にも、こちらの方々は優しい。静寂が欲しい時に、さりげなく静寂の空間と時間を提供してもらえる。

 もちろん、悩みを聞いてくださる方もいらっしゃる。

 ただ、ふと独りになった時、突然やってくる漠然とした不安。それを解決するのは、一体何なのだろうか…?

 幸い、明日は再び歩いていけるだけの精神的な力は戻った。

 でも、もしかしたら、突然、お四国参りをやめてしまうこともあるかもしれない。

 人間のバランスというものは、そのくらい脆いものなのだと思う。

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2009年7月 1日 (水)

お四国 15日目

お四国 15日目

 32番札所禅師峰寺から太平洋を望む風景。地味ながらも好きな場所になりました。

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お四国 15日目

 普段、車を運転しない私にとって、レンタカーによるお四国参りは決して楽なものではない。

 今はGPSによるナビゲーションシステムがたいていの車に搭載してあるし、ほとんどの車はオートマティックミッション車である。これ自体は、運転する身にとっては、ありがたい。

 しかし、知らない土地でしかも海沿い山沿いを抜け、広い道もあれば、狭い道もある、というのは、想像以上に神経を使う。

 それでも、今回は松山市の石手寺から香南市の大日寺までを4日間で走破した。レンタカーは5日間借りていたので、行程そのものは順調だった。

 しかし、思いも寄らぬところに試練が待っていた。

 レンタカーの返却時、車のへこみを指摘された。思い当たるフシはあった。どこのお寺の駐車場だかは忘れたが、慎重にバックしていたのにもかかわらず、「ガリ」という音がした。

 後ろのバンパーにわずかなへこみがあった。ただ、そのへこみの程度が「警察に届け出をする自損事故」だとは思わなかった。

 この辺の感覚は、普段から車に乗り慣れているかいないか、如実に出るものだ。

 東京だったら、素直に申し出ていたかどうかわからない。だが、今回はなぜか素直に申し出ていた。とりあえず、2万円の補償金を支払い、後日修理代の請求が来る。

 こういうことも試練だと受け止めるしかない。幸いなことに、他人を傷つけることも、自分を傷つけることも、なかったわけだから。

 そう考えてみると、私にとって、お四国参りは歩きだろうが、交通機関を使おうが、楽なものではない。

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2009年6月29日 (月)

お四国 13日目

お四国 13日目

 今日の一枚は海です。41番札所龍光寺から40番札所観自在寺に向かう途中。島の向こうは愛媛県宇和島市方面です。

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お四国 13日目

 このお参りの最中に、雨に降られたのは、今日を含めて2日間しかない。しかも、一日中降られたわけではない。21日と今日の午前中だけ。

 しかし、明日は一日中、雨降りの予報だ。お参りには不都合だが、四国の水不足の解消には、少し貢献しそうだ。

 今日、お参りしたあるお寺で、初めて2時間以上もお寺の方(ご住職さん?)とお話をすることができた。今回のお四国参りで、もしかしたら、これが最初で最後の機会かもしれない。

 お寺に着いたのは、13時ごろ。それから15時30分くらいまで。

 今までできなかった今回のお参りのきっかけから、今の気持ち、病気のこと、仕事のこと、家族関係のこと…。

 お四国に来る前に悩んでいたことや思っていたことも、すべて話した。

 その方は、お寺の方にしては、少しさばけたお考えの持ち主だった。

 「わし、四国の住人やけれど、お遍路なんで、やろうとは思わんよ。」

 「でも、どうせお参りするなら、楽しくお参りしなさいよ。」

 今までの13日間、多くの方々と出会い、いろいろなことをお話させていただいた。

 頑張って、と言われたことは何度となくあった。

 体に気をつけて、と言われたこともある。

 でも、楽しんで、と言われたことは、初めてだった。

 このことばに、どれほど救われたことだろう。

 楽しみながらお四国参りをする。

 今は、このことばの意味をかみしめながら、この先の道を進んでいきたい。

 そう、思っている。

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2009年6月24日 (水)

お四国 8日目

お四国 8日目

 60番札所横峯寺の山門です。山深い中のお寺ならでは、の門構えです。

 ところで、香川県内、特に丸亀市あたりを過ぎてから、目立った名字が「行天」さんと「真鍋」さん。

 「行天」さんといえば、著名なエコノミストの行天さんを思い出します。「真鍋」さんは、タレントの真鍋かをりさんですわな。

 このお二人、香川県のご出身でしたっけ?

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お四国 8日目

 今日、観音寺からJR予讃線で伊予西条に入った。今は、高松から松山・高知・徳島までは、電化されている四国の鉄道網。なので、各駅停車でも約1時間で行ける。
歩き遍路では「遍路ころがし(勾配がきつかったり、草木が生い茂って邪魔をしたりする歩行の難所)」で有名な第60番札所横峯寺。しかし、私はJR到着後、すぐに出発するせとうちバスに乗り、さらに途中で小型バスに乗り換えて、参詣した。

 東京の人工的な蒸し暑さに比べればマシだが、瀬戸内海地方も徐々に蒸し暑くなっている。さらに、今週に入ってから、夜に雨が降っている。

 夜に雨が降れば、雨水は山中にしみ込み、山岳ルートを歩く条件は悪くなる。路面は滑り、水たまりはでき、石の上のコケにうっかり足をとられる。そういう悪条件の中でも、歩き続けることで初めて「お四国参りの意義」を見出す方もいらっしゃる。

 私は、歩きにはこだわらなくなった。この蒸し暑い気候の中を歩き続けることは、体力の消耗を通り越え、生命の危険と隣り合わせであることを感じたからだ。

 歩けるのは、健康な体があって初めてできる。そして「基本的には歩く」という意思がこの上につけば、自然と歩く方向に向かう。私の場合はそうだ。

 自分の限界を知らないと、人間は必ず倒れる。身体的にも、精神的にも、社会的にも。

 限界を真正面から越えようとするのも、一つの選択肢。だが、自分の限界を受け止め、少しだけ立ち位置を変えれば、まったく異なるアプローチで、いつの間にかそれまでの限界を越えてしまっている自分に気がつくこともある。

 お四国参りをしていて思うことは、わからないことがあったら、素直に聞くことの大切さだ。そこで聞くことから、不安が解消され、新しい解決方法が見つかる。

 今日もそれがあって、うまく公共交通機関を利用することができ、難所を越えることができた。

 日々勉強。そして、自然に問いかけ、地元の方々に教えを請う。そこから、難局を乗り切る知恵が出る。

 そんなことを、今、感じている…。

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2009年6月22日 (月)

お四国 6日目

お四国 6日目

 今日撮れた唯一の写真はこれです。

 71番札所へと向かう途中にあった大きな池。たぶん、香川県の水がめでもあるのでしょうが、よく見ると…。

 「ゴルフの打ちっ放しが池に向かってできます」(笑)。

 一石二鳥ですねぇ(笑)。

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お四国 6日目

 今日も携帯から。

 善通寺の宿坊を7時に出発。そのまま善通寺にお参りし、そこから9時間30分をかけ、70番札所本山寺の目の前の宿まで歩いた。だいたい22キロほどの道のり。しかも、72番札所「曼だ(草かんむりの下に余)羅寺」から71番札所「弥谷寺」までは、かなりの登り坂。草木をかきわけ、竹やぶの中をぬけ、気温31度の暑さに息をつきながら。そして、71番札所から宿までは、国道11号線をひたすら西へ。約12キロ…。

 2日目をふと思い出す。標高は低いはずの屋島寺の上り下りと約9キロのアスファルトの照り返し。あの日は気温29度だったのに、熱中症になりかけて、途中で休んだ琴平電気鉄道の駅員さんに言われた。

 「一宮寺であと4キロ近く。宿に行くだけなら、ここで休んでから歩いてもいいです。でも、あくまでも一宮寺にお参りするなら、もう歩くのはやめてください。ここから電車使って下さい。倒れてしまってはお参りの意味がない。」

 あの時よりも、勾配がきつく、あの時よりも、歩く距離は長かった。しかも、気温はあの時より高かった。なのに、今日はそれほど苦もなく歩き通せた。

 少しは体が強くなったのかもしれない。幸いなことに、足のマメもあまりない。冷水浴と温水浴の繰り返しの効果か、筋肉痛もない。

 何より地元の方々との話によれば、どうやら私は歩くスピードが速いらしい。

 個人的にはまったく意識はない。ただ、次の札所を目指して。宿を目指して。

 歩く。ただそれだけだ。

 山がそこにあるから、私は登る。

 登山を趣味にする方々から、よく聞くことば。

 今、その気持ちがほんの少しだけ、理解できそうな気持ちになっている…。

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2009年6月21日 (日)

お四国 5日目

お四国 5日目

 78番札所郷照寺から77番札所道隆寺へと歩いている最中に通った、小学校の建物。おしゃれじゃないですか?

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お四国 5日目

 今日も携帯から。

 一昨日の休養は、私に決断を下した。

 このお四国参り、基本は歩くが、それだけにこだわらない。

 歩いていて、地元の皆様からの声を聞く。

 「体調を崩してまで、歩き遍路にこだわることはないと思う。適度に公共交通機関をしながら廻るのも、お四国参りの方法よ。」

 さるお寺の住職さんにも言われる。

 「今は自動車を使った遍路が普通で、歩いて廻る遍路の方は少数です。ただ、歩きにこだわって体をこわしてしまったら、あなたの周りの人々が心配する。周りの人の考えに振り回されず、あなた個人が、この遍路をどのように廻ろうとしているのか。それを基準に考えてみなさい。」

 昨日・今日と歩き続けることができたのは、間違いなく初日二日目の「無理」が教訓になっている。それは間違いない。

 歩き遍路にこだわる方々もいらっしゃる。それはその方々の考えであり、とても崇高なものだと思う。全行程を歩き切れたら、それはすばらしいことだ。

 でも、お四国参りの本質は「無心に祈ること」であり、手段は祈ることの前には来ないような気がする。

 私は無心に、このお四国参りを途切れさせることなく、すべてを廻りきりたい。そう思っている。だから、使えるものは状況に応じて使っていこう。そう思った。

 余計な出費は増える。歩き遍路のベテランさんから見れば、「それでは遍路の本質から外れる」と言われるかもしれない。しかし、駅伝でペースダウンしてリタイアするようなことは、私はしたくない。

 だから、歩きは大切にするが、すべてを歩こうとは思わない。天候・体調などの要素を見て、柔軟に1日1日を考えていこう。

 そう思った。

 善通寺の宿坊にて。

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2009年6月19日 (金)

お四国 3日目

お四国 3日目

 休養中の宿の駐車場より。天然温泉が左側にあります。

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